セトナツキ、主夫できる。

ダラダラ主夫ライフ謳歌中。

【ADHDと診断されたら!】ADHDの私がやってるADHDらしく生きる5つの方法 前編

皆さん。セブンスです。
2018年8月23日。日々が通り過ぎるスピードが思いの外速いな。と毎年感じます。
夏の暑さがあっという間に冬の寒気を連れてくるのでしょうね。
暑い日が続くと年末が恋しくなりますが、冬は夏の良さがよく見えます。
日々に呑み込まれないように夏を楽しもうと思います。

前回の記事までで
私の人生の歩みを紹介してきました。

intoyou373.hatenablog.jp

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今回は少し趣向を変えて
私が日々思っていることについて。
ADHDと診断されてやっていることの一部を書きます。

やれるだけやる。思い出しはラッキータイム。

ADHDの特徴の一つ。
"忘れっぽい"
これは日常生活においては結構厄介な敵。
「あっ、もう料理酒ないや!買い物行こう!忘れないようにメモを持っていくぞ!」



しかし、そのメモに料理酒を書き忘れる。




絵を集中して描いていた時、
「洗濯物お願いね!」
と頼まれる。


"あとでやるぞー!"
と思って、やることを忘れる。

とエピソードを挙げ出したらキリがありません。



ただの"忘れっぽい人"なのでしょうか?

私たちはよく"忘れっぽい"と見られがちです。
しかし、
内面での葛藤や後悔は多くの人には分かってもらえません。



「ちゃんと忘れないようにしなさい!」



「できたらやっとるわ。」



そんな私たちですが、
集中して取り組む時の集中力、持続力は凄まじいものがあると思っています。

例えば、
「片付けしなきゃ!」
そう思った瞬間には時間が無くてできない。


しかし、そう感じるということは
また、しばらくすれば
「片付けしなきゃ!」
と感じるときが来ます。


そのラッキータイムを逃さないように
時間がある時、私は
一気に取り掛かるようにしています。


日常的に片付けられればいいのですが
それがなかなかできないので
気がついた時には
目の前のペットボトル1つでも片付けられればいいや。
と思うようにしています。



私は忘れていた自分を責めるのではなく、
忘れていた自分のフォローを頑張ります。



ほかの人に分かってもらいづらい、
だから、せめて自分くらいは自分を責めない生活を心がけています。



人に
「忘れるな!」と言われたら
そう言われたことも忘れてやればいいんですよ。(私はすごく気にするタイプですが。)

やらないより"増し"

ADHDの人は"完璧主義"の側面を持った人が多いように感じます。
私もそうです。

完璧主義(かんぺきしゅぎ、英: Perfectionism)とは心理学においては、万全を期すために努力し、過度に高い目標基準を設定し、自分に厳しい自己評価を課し、他人からの評価を気にする性格を特徴とする人のこと[1][2] 。定められた時間、限られた時間の内にて完璧な状態を目指す考え方や、精神状態のことである。このような思想を持ったものや、そのような心理状態の者を完全主義者、もしくは完璧主義者(英: perfectionist)と呼ぶ。


ADHDと完璧主義は相性が良くありませんね。

  • 完璧に細部までこだわるが、飽き性なので中途半端に終わる。

→その中途半端が気に入らずイライラしてしまう。

  • 完璧にやろうと色々考えるが、途中でまとまらず、まとまらないことにイライラして放棄する。

→また中途半端で終わってしまったと自暴自棄になる。

  • 完璧にやるぞ!と思い、凄まじい集中力で取り組むが他の一切のことを忘れる。

→そして、誰かに注意され、自分は何も出来ない人間だ。と落ち込む。

  • 次の日のスケジュールを立てるが、寝坊してしまった。私は0か100しかないので、100できないなら0と一緒だ。

→その日を自堕落に過ごしてしまう。


これが私です。
私でした。と言える部分も今はありますが
自分の性質はなかなか変えられません。

しかし、私は自分の考え方に一つプラスしました。
"やらないより増し"

0よりも、1のほうが良い。
当たり前だけど、当たり前のことが当たり前にできないから、
常にこの考えは頭に入れています。

部屋全体の片付けが出来なくても、
シュートして外したティッシュが目の前に落ちていれば捨てるだけで"増し"

洗い物が溜まっている。お皿1枚でも洗えば"増し"

ひとつひとつ人よりペースが遅くても
やればやるだけ"増し"なのです。

スケジュールの時間管理は自滅への一歩

スケジュールとは
本来スケジュール帳などに
「この時間にはこれをしよう!」
などと管理をするものですが

私たちがもし、時間で自分を管理すると
その時間通りにできなかった。と自分を責める原因になりかねません。

それにADHDの"なんとかなるだろう精神"では
無理なスケジュールを立てがちです。
なんとかなるだろうは日常はなんともなってくれません。


私の場合は


1.その日したいことを全て書きます。

2.それにだいたいの所要時間を割り当てます。

3.おおよそいつ、そのタスクをするのか考えます。


それだけです。



それ以上のことは"絶対"しません。
もうそろそろ出来てきたから
スケジュール帳を用意してもっと管理するぞ!
と思っても、

スケジュール帳を持ち歩くことを忘れる。

書くことを忘れる。

一度でもそんなことがあると嫌になる。飽きる。


私は"やることメモ"を用意しています。

「それを見忘れたらどうするんだ!」

「それはそれでしょーがないやん。」

忘れることを忘れるな!
と追い込んでもしょうがない。

だから、いかに忘れないか。

自分を追い込まないか。

逃げられることからはとことん逃げる。

それだけにフォーカスを当てて生活しています。

"すべきこと"は生活において沢山あります。
しかし、スケジュールを組み出すと
全ての行動が"すべきこと"になってしまい、
"やりたいこと"が忙殺されてしまいます。

やりたいこと。無駄なこと。にこそ
私たちの個性があるのではないか。と思い、
あえて、私は無駄を作るようにしています。

おおよその所要時間しか考えないのも
楽しければもっとやる。飽きればやめる。
そうできるような余白を自分に残してあげるためです。

自分を大事に。
それだけです。

では、また。

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ADHD、フィリピン留学行く。(パナイ島イロイロ編)な話

皆さん。セブンスです。
2018年8月21日。
日差しは鋭く刺さりますが風は穏やかで心地よいですね。甲子園の決勝は今日でしょうか?いつの間にか年下ばかりになってしまった高校野球。いつかは子供の歳になるのでしょうね。

前回の記事で

intoyou373.hatenablog.jp


大学デビューに失敗し、新たな天地を求めてフィリピンは"パナイ島 イロイロ"へ。
「それ、どこよ。」
※記事の写真と内容は一切関係ありません。これでもかと言うほど違います。


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空港はアウェーの戦地


初の海外一人旅。
何もわからない。
それに何も調べてきていない。
なんなら今いる空港が何空港かわからない。
マニラ空港に来たはずが

"ニノイ・アキノ国際空港"
中森明菜
いや、なんでもない。

お得意の
「なんとかなるだろう精神」
発展途上国に乗り込んだのです。

「誰かに聞けば何とかなる!」


とソワソワ。わたしは困っています!誰か!私は困っていますよ!!
誰かに聞きたいけど、隠れコミュ障だから話しかけられませんよーー!誰かーー!!



「なにか助けてあげようか?」

と一人のナイスガイ。

( ゚д゚)ハッ!なんと優しいのか!!
発展途上国めっちゃええやんけ!!
と思いつつ、
なんや?助けてくれるなら助けてもらおうか
という顔で、ササッとすかさず
ここに行きたいんだ!と航空券を見せ

「じゃあ、連れて行ってあげるよ!」
なんやねん。めっちゃ、やさしやさしさんやんけ。
海外は怖い人ばかりではないのか!


1歩歩けばナイフを突きつけられ、

2歩歩けば銃弾が飛んできて

3歩歩けばマイメン

な空間を想像し、
鼻息荒く緊張の糸を張り詰めていたので
とりあえず喉が渇いて仕方ありません。

「水をどこかで買いたい」
と伝えると
「僕が買ってくるよ!」
なになに?!メイドかしら?萌え萌えウォーターをくれるのかしら?入国の儀式があるのかしら?(某大手メイド喫茶では実際に入国の儀式があります。)


「100ペソ(当時で200円くらい)ちょうだい!それで買ってくるよ!」


その時の私はもう彼を味方と信じ、マイメンを疑うことはありません。それは彼がただ優しいからだけでなく。

首掛けのネームタグをつけ、警備員らしき人と談笑する姿を見ていたからです。

平和な日本から来た私は
"空港で人助けをするボランティア"
の人なのだ!!とこの出会いにマジ感謝祭なのです。

結果を言うと、空港の水は1本25ペソ(50円くらい)で、その後、助けたからチップをくれ!と言う彼。
20mの案内しかされていないぞ。
おかしい。
ボランティアじゃないのか!!

"ボランティア代"1000ペソ"
と言われましたが
値切りに値切りを重ね、もう家電量販店なのかしら?めちゃくちゃに値切りに値切り、
私は関西人!600ペソにまでまけて"もらった"!
どうだ!!HAHAHAHAHAHAHA

水1本+20mの案内
1400円。


今となると
( ˙-˙ )あれ?私何やってんだろ。

通貨価値を知らずに行ったもので
100ペソ=100円だと思っていたので
まぁ、水1本ならそれくらいだろうな。
手伝ってもらったし600円ならいいかくらいにしか思ってませんでした。

最低限の知識は必要ですね。

発展途上国の発展途上感は思ってたより。

発展途上国。フィリピン。留学。
安い!リゾート!
という妄想で飛び立った私。

降り立ったのは
マニラでもセブでもなく
"イロイロ"

「知らねぇよ。知らねぇから隠れたリゾートなんだろう!!きっとそうだ!」

ブワッ!
イロイロ国際空港の出口ゲートが開かれた瞬間
湿気を包んだ空気が私に纏わりついてきました。



( ˙-˙ )あれ?リゾートってこんなんやっけ?
( ˙-˙ )おもてたんとちゃうわー



それから学校の迎えのバンに乗り込み学校まで。


道中はきっと綺麗な海が広がって、南国パーリナイでイケイケなバイブスが高まってるんだろうなぁ。



( ˙-˙ )木。木。野良犬。木。土。人。ジョリビー
( ˙-˙ )あれ?おもてたんとちゃうぞ?


気づきました。
( ˙-˙ )あっ、ここリゾート系の場所じゃない。おわた。

発展途上国。日本の片田舎くらいを想像していたのに、ガチ発展途上国

( ˙-˙ )発展途上してんじゃねぇよ!5ヶ月どうしよう。

娯楽は全部SMcityにある。

学校での授業が始まる前に軽く街の案内がありました。
連れていかれたのはSMcity。
大型ショッピングモールなのです。
ほぼ、イオンモールなのです。

ユニクロ、スタバ、ケンタッキー、マクドミスド

あぁ、私はやっていける。

そう確信したのです。
後後知るのですが、マックもケンタッキーも
フィリピンテイストだったのです。
率直な感想。

これは私が知っているマクドナルドではありません。
This is not McDonald's that I know.

私が知っているマクドナルドではないなら、あれはマクドナルドではありません。

スーパーも変な色の肉。見たことない魚。ビビッドな赤色のりんご。真緑の青リンゴ。
紫のクリームのケーキ。で埋め尽くされていて

( ˙-˙ )私、終了のお知らせ。

では、また。


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ADHDが大学生活で孤立して、パリピになれなくても何とか息してるよ。な話

2018年8月19日。
今日は一日、休日を頂いて
彼女のお祖母様のお誕生日会です。
私はあと何年、生きられるのでしょうか?
元気なお祖母様の姿に逆に元気を頂く若輩者はダメですね。
部屋の片付けをして準備をしましょう。

前々回の記事で

intoyou373.hatenablog.jp


大学入学前からテンションを上げすぎて
入学式当日にバタンキューした話をいたしました。
今日はその続きから。

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幽霊生徒。

大学生活が始まり、周りはサークルの新入生歓迎コンパ、所謂"新歓"に躍起になっていました。私も
「お!ただでご飯食べられるなら行こうか!」
とも思いましたが一人で行くのも躊躇いますし、誰かと行ったとしてその友人が
「一緒にはいろうぜ!」
的なノリを出してきた時には私は友人を1人失ってでも逃走しなければいけなくなるなぁ。
と考えているうちに新歓の時期を逃してしまいました。
その後、数人の友人に聞いたところ
私以外に新歓に1つも参加していない人はいないとの報告を受け、
同級生の中で唯一
新入生として歓迎されていない生徒の称号を得たのでした。
部活、ゼミ、サークル
何にも属さず、大学デビューも何も
誰からも認識されていないのではないかと。

バイブス高めなマジ卍。

大学デビューに成功も失敗もしなかった私は逃げるように図書館に篭もりました。
平日は静けさの中、課題に取り組むこともできますし、
大学図書館は雑誌等も置いてあり快適この上ない環境でした。
もう、私は孤立していることなどすっかり忘れているのでした。


そんな平穏を引き裂くように
図書館に雪崩込む大勢の

"パリピ大名行列"。

そう、"テスト前"なのです。
「なぜだ!彼らは何故、突然図書館で勉強を始めるのだ!!」
私は知っている。
彼らは普段ここにいない者達だと。
「くそぉ。外様のくせに急に現れて陣地を荒らしやがる!」
しかし、数と勢い、そして何よりバイブス高まった彼らを止めることは足軽1人ではできないのです。



止まらぬ笑い声。



果敢な席取り係。



サークルの先輩からもらった過去問。



「あぁ、勝てない。」
我が軍の旗は呆気なく折れたのです。

テスト当日。
バイブス高まったモンスター達は
過去問通りに問題を解き、
武器も持たない私の手から単位が落ちていく音が綺麗だったことは一生の教訓です。


"マジョリティーになれない人生マジ卍"

ADHDのやる気はテンアゲ。


単位が取れず、1時間半の通学に疲労が溜まり、
「どこか遠くに行きたいなぁ。」
と思い、
「そうだ、海外留学して人生観変えてやろう!」
と2年半遅れの大学デビューを志した私は
フィリピンへと旅立ったのでした。
フィリピンといえばたくさん島があります。
その中でも、マニラやセブといった有名な土地はイケイケなバイブス高め、
ひと夏の思い出大学生の巣窟。
「海外に来てまでそんな生活は避けたい。」

私が選んだのは"イロイロ"。
パナイ島のイロイロ。



「知らん!そんな知らんとこは人が少ないはずだ!!!」



その中でも、韓国人オーナーの学校でマンツーマン授業がたくさんあるところを選びました。

ADHDの特徴。
"やる気がある時の行動力は異常。"

6月末に思いついた留学プラン。
7月初旬には入金を済まし
9月に飛び立つ予定を組みました。
5ヶ月間、一日8コマのプランをなんの躊躇もなく申し込みました。
その時はやる気が高まり、
「今回こそは続く!!いや、いける!そんな気しかしない!!」
ありがちな失敗の方程式。
100×0は0なのです。

なんとかなるだろう。なんともなりません。


ADHDあるある
"なんとかなるだろう精神"

留学に向けてバイブス高めな私は
「行くまでにそれなりに喋れなくてはいけない!!」
その一心で英語の勉強に励みます。
そうなると、もう大学なんて行きません。
やる気が高まると優先順位なんて二の次、三の次。

そして、私は気づくのです。
「キャリーケースがねぇ。」
キャリーケースを飛び立つ3日前にイオンで購入しました。

「フィリピンで人生変えるんだ!!」
「なんとかなるさ!」

しかし、そのバイブスは1週間でR.I.P.なのでした。

では、また。

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ADHDで主夫。彼女と同棲中。な話。

どうも。セブンスです。
2018年8月18日。昨日からやけに涼しくて
夜、パートに出かける時に肌寒かった記憶があります。どうやら気温が20度台まで下がっているようで。エアコンを節約するには良い気候ですが、服装を迷います。今年の天気にはつくづく困らせられっぱなしです。

前回の記事で

intoyou373.hatenablog.jp


私の大学入学時までのお話を
ズザザザザッ!としてしまいました。
が!私の自己紹介という自己紹介をまだしていなかったなと思い、イラストにしました。

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今後、自分の話、彼女の話。
追追していこうと思います。

では、また。

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ADHDとは知らず、浪人を経験してもやっぱりダメなものはダメだった。な話

皆さん。セブンスです。
2018年8月17日。お盆休みも終盤でしょうか?
私はテレビが自宅に無く、先日知ったのですが、27時間テレビは9月になったのですか?私の記憶が正しければ7月末に

「やったぁー!夏休みだぁー!」

とワクワクして夜更かししていた気がします。そして、24時間テレビを見ながら

「あぁ、宿題が終わっていない。」

と絶望しながら諦めていた夏休みでした。
大人になり、宿題がない生活ですが、
主夫になり。日々の家事が宿題のようなものです。こんなに楽しい宿題は初めてですが。

私が住んでいる地域は今日、とても綺麗な青空です。皆さんは今、どんな空を見ていますか?

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前回の投稿までで
intoyou373.hatenablog.jp

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私は学生生活に馴染めず、バイトを始め、仕事に行けなくなり、自分に"何も出来ない日"があることを認識した。というお話をしました。


"何も出来ない日"と自分


"何も出来ない日"ここに来てくださっている皆さんは身に覚えがありませんか?

「今日は布団から出られない。」
「誰とも会いたくない。」
「完璧でない自分を見せたくない。」

これはADHDだけの話に留まらず
完璧主義

完璧主義(かんぺきしゅぎ、英: Perfectionism)とは心理学においては、万全を期すために努力し、過度に高い目標基準を設定し、自分に厳しい自己評価を課し、他人からの評価を気にする性格を特徴とする人のこと[1][2] 。定められた時間、限られた時間の内にて完璧な状態を目指す考え方や、精神状態のことである

醜形恐怖

身体醜形障害(しんたいしゅうけいしょうがい、英: Body dysmorphic disorder ; BDD)あるいは醜形恐怖症とは、極度の低い自己価値感に関連して、自分の身体や美醜に極度にこだわる症状である[1]。実際よりも低い自己の身体的なイメージが原因である。

や様々な症状を内包した思考であると考えます。


ADHDだからそれだけに着目していればいいというわけではないのです。
私の場合は
家庭環境
両親との関係
恋人との関係

色々な要因から他の症状にも繋がっています。

"何も出来ない日"
ただ、怠けている訳では無いが、自分をコントロールできない。そんな日が私にはあります。

高校を卒業しても、、、


高校をギリギリ卒業できた私は現役で大学に入ることが出来ず、浪人生活に入りました。
浪人時代、私は塾に通っていました。
最初数ヶ月は勉強も楽しく
朝8時から夜10時まで、今思うとよくやっていたなと思います。
しかし、そんな生活も長くは続きませんでした。

夏前7月くらいになると徐々に
塾の空間がしんどくなってきてしまいました。
勉強自体は楽しくやれていたのですが、
"何だか分からない不安"に襲われ
布団から出られない日が増えてきました。

学校もバイトも塾も
何も出来ない。
「自分はこの先、生きていけないのではないか。」

8月から12月の間、家に閉じこもる日が多く、

「こんなところで何やっているのか。」
「せっかく塾に通わせてもらっているのに。」

自分を責めても誰にもそのことを話せない。
その当時は
"弱い自分"を知ってもらえるほど
自分が強くなかったのだと思います。

誰のための大学生?


大学への進学がなんとか決まり、
私は決心しました。
「自分を知らない人たちばかりなのだから今までとは違う自分になるのだ!」
そう思い、入学式までに飲み会に参加してみたり、友達の誕生日会に参加したり。今までの青春を取り返そうとしました。
入学式当日。私が仕切り役となり
100人規模の焼肉会を開催しました。
そこで乾杯の音頭をとった時に
私の大学生活はピークを迎えたと思います。

入学式当日に。

不慣れなこと。元々ひとりっ子のため
大勢に慣れていない。友達が少ないので
接し方が分からない。気を使う。

「何故、みんなは楽しめるのか。」
「何故、みんなが出来ることが出来ないのか。」


「やっぱり私はダメだ。」


大学に入る同機が高校時代にお付き合いしていた方が大学に行くからでした。
しかし、私だけ浪人し、別の大学に通うようになって、そもそもモチベーションがなかったのでしょう。
浪人も
「せっかく少し勉強したのだからもったいない。」
「親は大学に行くことを期待している。」

結局、自分のためではなかったのだと思います。

入学式当日の夜を境に私は
また1人での生活に戻るのでした。

徐々に自分はこういう人間なのかもしれない。
とは思いつつ、それはただの怠けた性格だ。
と激しく内省を続けていた時期でした。

自分を知ってもらうより、他人のための自分を演じる。
まだあの人に出会っていなかったから。

では、また。

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ADHDはバイトしても大変だよね。でも、周りには理解されない。な話

皆さん。セブンスです。

2018816日、今週末で暑さのピークも越えて少し涼しくなる。なんてニュースを見ましたが、本当でしょうか?今日は風が心地よく、快適に買い物を終えて、夕飯の支度も完了しました。ただ、そうは言っても夏は夏。熱中症対策は抜かりなく行ってください。

 

前回の投稿では

 

intoyou373.hatenablog.jp

 

私の学生生活、主に高校時代のお話をいたしました。

私は"普通"なのだと思っていました。

しかし、周囲が期待する私と本来の私との乖離に悩んでいました。

 

本日はその続きから。

 

 

高校生も1年が終わろうとする頃、家庭のゴタゴタから父との二人暮しが始まりました。

ちょうどその頃からアルバイトに行くようになり、

今までは逃げるという選択肢があった学校生活とはまた違った環境に身を置き、私はまた悩んでいったのでした。

 

アルバイトはスーパーのレジ打ち。

初めてのアルバイトにはうってつけではないかと思います。

本来は。

仕事自体は単純作業ですし、やり方さえ覚えてしまえばなんてことない業務です。

仕事に行ける日はわりと元気な日なので

お客様とも気さくに会話もできます。

 

しかし、仕事さえしていればいいというものでもなく、

店長や同僚の方々とのコミュニケーションなども必要ですし、

何より私の場合は

 

"常に周囲の理想の自分でいなければ"

 

という思考がついてまわっています。

 

学校終わりにアルバイト先へ向かう途中、

突如として私を不安が呑み込むのです。

足がバイト先へ向かわない。

学校に行けなくなった感覚と似ている。

 

「行かなきゃ」

 

しかし、

「急に今日仕事ができなくなったらどうしよう」

「何かミスをしてしまったらどうしよう」

 

落ち着いて考えると

急に仕事内容を忘れるなんてことはありませんし、ミスをしてしまったら素直に謝ればいいことだと思います。

しかし、そうなってしまうと

不安なことで頭がいっぱいです。

 

 

そして、仕事に連絡なしで行けなくなりました。

 

 

"アルバイトを休みます。"

という連絡も

「何と言えばいいのかわからない」

「怒られたらどうしよう。」

という不安から出来ず、

 

行きたい気持ちはあるのですが、どうしても行けない。

ただのサボりだと思われるでしょう。

それでも、やっぱりその日は行けませんでした。

周りにどう説明すればいいかも分からず、理解されない。なんなら自分でも、まだ理解できていませんでした。"普通"のはずの自分がなにかおかしい。相談相手もいない。

"何も出来ない日"があるということ。それが自分ではどうしようもないということを初めて認識した時でした。

 

 

結局、スーパーのバイトは後日、

調子がいい日にお詫びに行きました。

 

 

高校時代のバイト経験で

仕事という環境における"自分"に対して

 

「仕事自体はできるかもしれないが、急にやってくる"何も出来ない日"。どうしよう。」

 

そう思っていました。

"何も出来ない日"を認識して

私はさらに迷路に迷うことになるのです。

 

では、また。

 

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ADHDは学生生活も楽じゃないよね。でも、意外と周りに理解者は少ない。な話

皆さん。セブンスです。
2018年8月15日。お盆だというのにお天気があまり芳しいとは言い難いですね。
エアコンのつけすぎで体調を崩さないように気をつけてください。
と、私はエアコンを24度に設定した部屋から皆さんを心配しております。
 
早速ですが、私はADHDです。
 
この歳になり、自分で物事を調べ、理解でき、情報の取捨選択をする能力が身について、やっと自分がどういった人物なのかが少し分かりかけています。
 
しかし、自分というものが確立されておらず、周りからの意見やテレビ、インターネット等の膨大な量の情報(概ね正しくないもしくは大多数的な意見)にただ襲われるだけだった幼少期から思春期にかけては私なりに
「自分って何だろう?」
「なんで自分は周りと同じことが出来ないのだろう?」
と考えを巡らせ、悩んでしまったこともありました。
 
そんな時に手を差し伸べてくれるはずの親は
「なぜ同じようにできないんだ」
「ちゃんと学校に行きなさい。」
とやはり大多数的な意見で私を説得するのみでした。
もちろん右にならえの学校的教育は国という機関を維持するには不可欠な意思の共有であると私も理解しているつもりです。
 
しかし、それと同時にその意思共有ができない人間にとってはこんなに苦痛な空間、環境はないなと感じます。
 
「アナタは普通なのよ」
という周囲の圧力の中で生き、そう振る舞おうとする少数派にとっては、なお辛いものなのではないでしょうか。
 
 
「宿題したの?」
「片付けをしなさい!」
母は私によくそう言っていました。
 
 
「宿題をしなきゃ」
「片付けしなきゃ」
わかってはいるのです。
しかし、他の刺激が私の思考に干渉してきます。
「皆はなぜ集中できるのだろう?」
「この雑音が気にならないのか?」
ずっと考えていました。
 
それでも、
「皆と同じように」
「皆ができることができるように」
そう思い、勉強も人より時間はかかりながらも自分ができる範囲で頑張り、それなりの高校に"入ってしまった"がために
周りは私が"普通"である。と思ってしまったようです。
私はそう思われるように努力をしたのですが、普段から"普通"であるように努めるのは精神的な疲労に繋がります。
 
当時を振り返ると
私は"普通"である。と思っていました。
私を普通でないと言う人間がいなかったので何も疑う余地がありませんでした。
だから、皆ができることは私もできるのが"普通"なのだと思っていました。
 
しかし、やはりできないのです。
 
友人と遊ぶ
学校帰りにマクドナルドに寄る
皆で昼食を囲む
 
いわゆる協調性という枠組みの行動が苦手でした。
外では普通でいるために明るく振る舞い委員長や生徒会を率先してやることで
自分に
「まだ皆の中でやれている!」
そう言い聞かせていました。
 
しかし、"本当の自分"と"皆が理想とする自分"の像の乖離が広がれば広がるほど私の足は学校から離れていきました。
 
そんな私が自分がADHDなのだと分かるのはもう少し時間が必要でした。
 
では、また。
 
 

 

 

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