セトナツキ、主夫できる。

ダラダラ主夫ライフ謳歌中。

【ADHDと診断されたら!】ADHDの私がやってるADHDらしく生きる5つの方法 前編

皆さん。セブンスです。
2018年8月23日。日々が通り過ぎるスピードが思いの外速いな。と毎年感じます。
夏の暑さがあっという間に冬の寒気を連れてくるのでしょうね。
暑い日が続くと年末が恋しくなりますが、冬は夏の良さがよく見えます。
日々に呑み込まれないように夏を楽しもうと思います。

前回の記事までで
私の人生の歩みを紹介してきました。

intoyou373.hatenablog.jp

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今回は少し趣向を変えて
私が日々思っていることについて。
ADHDと診断されてやっていることの一部を書きます。

やれるだけやる。思い出しはラッキータイム。

ADHDの特徴の一つ。
"忘れっぽい"
これは日常生活においては結構厄介な敵。
「あっ、もう料理酒ないや!買い物行こう!忘れないようにメモを持っていくぞ!」



しかし、そのメモに料理酒を書き忘れる。




絵を集中して描いていた時、
「洗濯物お願いね!」
と頼まれる。


"あとでやるぞー!"
と思って、やることを忘れる。

とエピソードを挙げ出したらキリがありません。



ただの"忘れっぽい人"なのでしょうか?

私たちはよく"忘れっぽい"と見られがちです。
しかし、
内面での葛藤や後悔は多くの人には分かってもらえません。



「ちゃんと忘れないようにしなさい!」



「できたらやっとるわ。」



そんな私たちですが、
集中して取り組む時の集中力、持続力は凄まじいものがあると思っています。

例えば、
「片付けしなきゃ!」
そう思った瞬間には時間が無くてできない。


しかし、そう感じるということは
また、しばらくすれば
「片付けしなきゃ!」
と感じるときが来ます。


そのラッキータイムを逃さないように
時間がある時、私は
一気に取り掛かるようにしています。


日常的に片付けられればいいのですが
それがなかなかできないので
気がついた時には
目の前のペットボトル1つでも片付けられればいいや。
と思うようにしています。



私は忘れていた自分を責めるのではなく、
忘れていた自分のフォローを頑張ります。



ほかの人に分かってもらいづらい、
だから、せめて自分くらいは自分を責めない生活を心がけています。



人に
「忘れるな!」と言われたら
そう言われたことも忘れてやればいいんですよ。(私はすごく気にするタイプですが。)

やらないより"増し"

ADHDの人は"完璧主義"の側面を持った人が多いように感じます。
私もそうです。

完璧主義(かんぺきしゅぎ、英: Perfectionism)とは心理学においては、万全を期すために努力し、過度に高い目標基準を設定し、自分に厳しい自己評価を課し、他人からの評価を気にする性格を特徴とする人のこと[1][2] 。定められた時間、限られた時間の内にて完璧な状態を目指す考え方や、精神状態のことである。このような思想を持ったものや、そのような心理状態の者を完全主義者、もしくは完璧主義者(英: perfectionist)と呼ぶ。


ADHDと完璧主義は相性が良くありませんね。

  • 完璧に細部までこだわるが、飽き性なので中途半端に終わる。

→その中途半端が気に入らずイライラしてしまう。

  • 完璧にやろうと色々考えるが、途中でまとまらず、まとまらないことにイライラして放棄する。

→また中途半端で終わってしまったと自暴自棄になる。

  • 完璧にやるぞ!と思い、凄まじい集中力で取り組むが他の一切のことを忘れる。

→そして、誰かに注意され、自分は何も出来ない人間だ。と落ち込む。

  • 次の日のスケジュールを立てるが、寝坊してしまった。私は0か100しかないので、100できないなら0と一緒だ。

→その日を自堕落に過ごしてしまう。


これが私です。
私でした。と言える部分も今はありますが
自分の性質はなかなか変えられません。

しかし、私は自分の考え方に一つプラスしました。
"やらないより増し"

0よりも、1のほうが良い。
当たり前だけど、当たり前のことが当たり前にできないから、
常にこの考えは頭に入れています。

部屋全体の片付けが出来なくても、
シュートして外したティッシュが目の前に落ちていれば捨てるだけで"増し"

洗い物が溜まっている。お皿1枚でも洗えば"増し"

ひとつひとつ人よりペースが遅くても
やればやるだけ"増し"なのです。

スケジュールの時間管理は自滅への一歩

スケジュールとは
本来スケジュール帳などに
「この時間にはこれをしよう!」
などと管理をするものですが

私たちがもし、時間で自分を管理すると
その時間通りにできなかった。と自分を責める原因になりかねません。

それにADHDの"なんとかなるだろう精神"では
無理なスケジュールを立てがちです。
なんとかなるだろうは日常はなんともなってくれません。


私の場合は


1.その日したいことを全て書きます。

2.それにだいたいの所要時間を割り当てます。

3.おおよそいつ、そのタスクをするのか考えます。


それだけです。



それ以上のことは"絶対"しません。
もうそろそろ出来てきたから
スケジュール帳を用意してもっと管理するぞ!
と思っても、

スケジュール帳を持ち歩くことを忘れる。

書くことを忘れる。

一度でもそんなことがあると嫌になる。飽きる。


私は"やることメモ"を用意しています。

「それを見忘れたらどうするんだ!」

「それはそれでしょーがないやん。」

忘れることを忘れるな!
と追い込んでもしょうがない。

だから、いかに忘れないか。

自分を追い込まないか。

逃げられることからはとことん逃げる。

それだけにフォーカスを当てて生活しています。

"すべきこと"は生活において沢山あります。
しかし、スケジュールを組み出すと
全ての行動が"すべきこと"になってしまい、
"やりたいこと"が忙殺されてしまいます。

やりたいこと。無駄なこと。にこそ
私たちの個性があるのではないか。と思い、
あえて、私は無駄を作るようにしています。

おおよその所要時間しか考えないのも
楽しければもっとやる。飽きればやめる。
そうできるような余白を自分に残してあげるためです。

自分を大事に。
それだけです。

では、また。

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